高齢入居者が行方不明になったら|届出・契約解除・明渡しの順序と大家ができること
家賃が止まり、電話も繋がらない。郵便受けは溜まっているのに戻った形跡がない——高齢入居者でこうなったとき、最初の分岐はまだ探す段階なのか、部屋を戻す段階なのかです。
高齢者の行方不明は年間どれだけ起きているのか
警察庁が2026年6月に公表した「令和7年における行方不明者届受理等の状況」では、令和7年の行方不明者数は8万486人。70歳代9,259人・80歳以上1万3,800人で、合わせて全体の約28.6%です[1]。原因・動機は年齢層で様相が違います。
- 70歳代——疾病関係67.3%、うち認知症62.1%
- 80歳以上——疾病関係78.8%、うち認知症77.3%
- 全年齢の認知症行方不明者は1万7,345人(21.6%)
20〜30代は事業・職業関係や家庭関係が主です。高齢入居者では大半が認知症による外出で、夜逃げを前提に組み立てると最初の分岐を間違えます。
届出が出たあとは3日以内にほぼ決着している
実務で一番重要なのは同じ統計の「所在確認等の状況」です。所在が確認された認知症行方不明者1万6,156人のうち届出受理当日1万1,369人・2〜3日4,487人=98.1%が3日以内。全年齢でも所在確認6万7,859人中78.8%が3日以内。死亡確認は3,850人(認知症573人)で、これも当日・2〜3日に集中しています[1]。
届出が出たあとの捜索は速い。時間がかかっているのは、届出が出るまでの区間です。
大家は行方不明者届の届出人に入っていない
ところが、その区間を短くする立場に大家は置かれていません。行方不明者発見活動に関する規則(平成21年国家公安委員会規則第13号)第6条第1項が、届出を受理する相手を5つに限定しているためです[2]。
- 親権を行う者または後見人
- 配偶者(事実婚を含む)その他の親族
- 現に監護する者
- 福祉事務所の職員その他の福祉に関する事務に従事する者
- 同居者、雇主その他の社会生活において密接な関係を有する者
賃貸人・管理会社は列挙されていません。5号に当たるかは個別判断で、貸主というだけで当然に届出人になれるとは考えないほうが安全です。役割は届出人になれる人へ最短で繋ぐことになります。契約書の緊急連絡先、介護サービスが入っていればケアマネジャー、身寄りが不明なら地域包括支援センターと市区町村の高齢福祉担当。福祉事務所の職員は4号で正面から届出人です。
この繋ぎは異変に気づいていなければ始まりません。家賃の引き落とし不能で気づく運用では、外出から1か月近く経っていることがあります。日々の生活反応で異変を拾う仕組みを物件側に置くことが、この空白区間を直接縮めます。
高齢者は「特異行方不明者」に当たり得る
同規則第2条第2項は「特異行方不明者」を定義し、第6号に「病人、高齢者、年少者その他の者であって、自救能力がないことにより、その生命又は身体に危険が生じるおそれがあるもの」を挙げます。該当すれば警察は一般の発見活動とは別の節(第20条以下)で対応します[2]。届出に付き添う場面では、診断・介護認定の有無・服薬・直前の言動といった自救能力に関わる事実を具体的に伝えられるかが扱いを分けます。
行方不明でも賃貸借契約は終わらない
ここから先は部屋の話です。行方不明になっても賃貸借契約は自動的には終わりません。賃料は発生し続け、請求先は本人と連帯保証人または保証会社のまま。鍵の交換・家財の搬出・再募集を判決なしに行えば自力救済として違法評価を受け、所在が分からないことはこの原則を緩めません。安否確認のための立入りとは別の話です。
先に確かめるのは入院・施設入所です。行方不明ではなく、救急搬送や保護で連絡が途絶えているだけの例が実際にあります。
解除の意思表示は公示によって届く
解除には催告と解除の意思表示の到達が要ります。催告と解除の順序は連絡が取れる場合と同じですが、届け先が分かりません。
ここで使うのが民法第98条の公示による意思表示です[3]。相手方の所在を知ることができないとき、公示送達に関する民事訴訟法の規定に従い裁判所の掲示場に掲示し、その掲示があったことを官報に少なくとも1回掲載して行います。最後に官報に掲載した日から2週間の経過で到達とみなされます。ただし所在を知らないことに過失があれば効力は生じません。管轄は相手方の最後の住所地の簡易裁判所、費用は予納が必要です。
明渡しは公示送達による訴訟と強制執行
解除が到達しても部屋は戻りません。訴状も届かないため、民事訴訟法第110条第1項第1号(送達をすべき場所が知れない場合)により公示送達を申し立てます。効力は措置開始から2週間です(同法第112条)[4]。
押さえたいのは同法第113条です。公示送達された訴状に解除の意思表示をする旨の記載があれば、それも措置開始から2週間で到達とみなされます。民法98条の手続を別に踏まず、訴訟の中で解除まで済ませられるということです。あとは判決確定後に強制執行を申し立て、残置された家財も執行手続の中で処理されます。
失踪宣告は7年。使えるのは不在者財産管理人
「失踪宣告で終わらせられないか」という発想は自然ですが、普通失踪は生死不明が7年続いてはじめて宣告できます(民法第30条第1項)。危難失踪でも1年で、賃貸実務の時間軸に合いません[3]。
代わりに使えるのが民法第25条第1項の不在者財産管理人です。従来の住所・居所を去った者が管理人を置かなかったとき、利害関係人の請求で家庭裁判所が必要な処分を命じられます。賃貸人は未払賃料の債権者として利害関係人に当たり得て、生死不明であることは要件ではありません。管理人は権限を超える行為も家庭裁判所の許可を得て行えます(同法第28条)。相手方が立つぶん訴訟より短く済むことがあり、選択は未払額・家財の量・親族の有無で変わります。弁護士に相談して決めてください。
行方不明は高齢者を断る理由になるのか
手に負えなくなるのは「高齢者だから」ではなく、異変に気づく仕組みと繋ぐ先を決めていないからです。入居時に緊急連絡先の優先順位・介護サービスの有無・福祉の窓口を控えるだけで短くなります。年齢を条件にせず受け入れている物件の段取りは判断の材料になり、認知症が疑われたときの対応フローも同じ設計です。
まとめ:手続きより先に届出人を探す
- 原因の6〜8割は認知症。夜逃げを前提にしない
- 届出後は3日でほぼ決着。遅いのは届出までの区間
- 大家は届出人に列挙されていない。親族・福祉へ繋ぐ
- 契約は終わらない。鍵交換・家財搬出は自力救済
- 解除は民法98条、訴訟なら民訴113条。いずれも2週間
- 失踪宣告は7年。先に検討するのは不在者財産管理人
探す局面と部屋を戻す局面は別の手続きです。混ぜずに進めます。