高齢入居者が入院・施設入所したら賃貸借契約はどうなる?成年後見人による解約と大家の実務
単身の高齢入居者が急に入院し、そのまま施設に入所した——。亡くなったわけではないので事故物件でもなく、家財も残ったまま。ところが部屋は何か月も動かせず、家賃だけが積み上がっていく。高齢入居者の受け入れで実際に多いのは、死亡よりもむしろこの「生きているのに戻れない」局面です。
「亡くなっていない空室」が最も動かない
前提として、入院や施設入所は賃貸借契約の終了事由ではありません。借主が住まなくなっても契約は続き、賃料支払義務も残ります。終わらせるには、借主本人(またはその代理権を持つ者)による解約の意思表示が必要です。
問題は、その意思表示ができる状態かどうかです。入院・入所のきっかけが認知症や脳血管疾患であれば、判断能力を欠いた状態での解約は後から効力を争われる余地が残ります。かといって、遠方の親族が「私が解約します」と言っても、代理権がなければその解約は原則として本人に効力を及ぼしません。
本人が亡くなった場合は相続人が承継しますが、生存中は相続の話になりません。死亡後の手続きは相続財産清算人と賃貸借契約の終わらせ方をご覧ください。
解約したくても、解約できる人がいない
この局面で使われる制度が成年後見(後見・保佐・補助)です。最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和7年1月~12月―」によると、令和7年の申立件数は合計4万3,159件(前年4万1,841件、対前年比約3.2%増)で、12月末時点の利用者数は25万9,901人。開始原因は認知症が61.3%を占めます。
注目したいのは申立ての動機です。主な動機別件数は「預貯金等の管理・解約」3万9,871件(93.4%)が最多、次いで「身上保護」3万1,655件(74.2%)、そして「介護保険契約(施設入所等のため)」1万9,502件(45.7%)、「不動産の処分」1万5,502件(36.3%)。申立ての約半数が施設入所等をきっかけとし、3件に1件は不動産の処分が絡むということです。
申立人は本人が最多(24.8%)で、次いで市区町村長(1万139件・23.7%)。身寄りのない高齢者では、市区町村長申立てが現実的な入口になります。
成年後見人等は親族16.4%に対し親族以外が83.6%(司法書士1万1,966件、弁護士8,903件ほか)。交渉相手は親族ではなく専門職になるケースが大多数です。
後見人が就いても、その場では解約できない
後見人が決まれば話が進む、とは限りません。民法859条の3は、成年後見人が本人に代わってその居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除などの処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならないと定めています。賃借人側の解約もこの「賃貸借の解除」に含まれます。
裁判所の手続案内はこの点をさらに明確にしています。居住用不動産には「現に住居として使用している場合に限らず、本人が現在は病院や施設に入所しているため居住していないが、将来居住する可能性がある場合、又は入所前に居住していた場合なども含む」とされ、入院・入所で空いている部屋こそがこの規定の対象です。そして案内は、許可を得ないでした処分は無効だと明記しています。
後見人から解約の申入れを受けたら、居住用不動産処分許可の審判書を確認してから合意解約・原状回復精算に進むのが安全です。許可を欠いた解約は無効となり、明渡しや敷金精算をやり直すことになりかねません。
手続き自体は重くありません。申立手数料は収入印紙800円で、添付書類は「処分の必要性を証する資料(契約書の写し等)」。大家側が解約合意書の案を早めに渡しておくと、この資料がそろい手続きが滞りにくくなります。
時間もかかります。後見開始等の申立ては、令和7年の終局事件で2か月以内が71.1%、4か月以内が93.8%。選任だけで数か月、その後に許可の申立てが乗る順序になります。
その間の家賃と、住宅扶助の6か月ルール
この数か月も契約は続くため賃料は発生し続け、支払いが止まれば家賃債務保証の代位弁済に移ります。
入居者が生活保護を受給している場合は、期限がはっきり決まっています。厚生労働省の「生活保護法による保護の実施要領について」(局長通知)は、単身の被保護者が医療機関や介護老人保健施設等に入院・入所している間の住宅費について、入院入所後6か月以内に退院退所できる見込みがある場合に限り、6か月間を限度として認定して差し支えないとしています。6か月を超えることが明らかになっても、そこから3か月以内に確実に退院退所できる見込みがあればさらに3か月まで延長できる、という整理です。
裏を返せば、長期入院・入所が見込まれた時点で住宅扶助は止まり、退去の方向で調整が始まります。生活保護受給者の受け入れでは、ケースワーカーとの早い情報共有が空室期間の短縮につながります。
大家・管理会社ができる3つの備え
制度上の手順は動かせませんが、着手は早められます。効くのは次の3点です。
①「連絡先」ではなく「連絡が取れる人」を確認する。 緊急連絡先が形だけで、入院時につながらない例は珍しくありません。身元保証人がいない方の受け入れでは、居住支援法人や自治体の窓口も含め複数の連絡ルートを台帳に残しておくことが有効です。
②異変の段階で地域包括支援センターにつなぐ。 判断能力の低下は入院の前に生活の乱れとして表れます。認知症が疑われる場合の対応フローのとおり早く公的窓口につなぐことが、後見申立ての着手を早めます。
③「戻ってこない」ことに早く気づく仕組みを持つ。 入院・入所の連絡が入らないまま数か月が過ぎ、滞納の督促で発覚する——これが空室期間を最も長くします。スマートメーターを使った見守りのように室内に立ち入らず電気の使われ方の変化を受け取れる仕組みがあれば、生活がいつ止まったかを早く把握でき、出口に向けた着手を前倒しできます。
まとめ:出口を止めるのは判断能力
入院・施設入所では賃貸借契約は終わらず、判断能力が低下していれば本人も解約できません。成年後見の申立ては令和7年で4万3,159件、その45.7%が施設入所等を動機とします。後見人が選任されても、居住用不動産の賃貸借を解除するには民法859条の3による家庭裁判所の許可が必要で、許可のない処分は無効です。制度は整っていますが、どれも「気づいてから動き出す」時間が前提だということです。
大家・管理会社にできるのは、連絡ルートを複線化し、公的窓口に早くつなぎ、生活の変化に早く気づける体制を持っておくこと。あわせて、原状回復を最大100万円・空室や家賃損失を最大200万円まで補償する保険を組み合わせておけば、手続きを待つ期間の負担も受け止めやすくなります。ご自身の物件の備えは、60秒のリスク診断でも確認できます。