2026.08.17

入居者と連絡が取れない|安否確認で室内に立ち入る前の手順と法的根拠

約3,200文字読了目安 6分

入居者に電話がつながらない。郵便受けがあふれている。合鍵を持つ大家・管理会社が最初に迷うのは「開けていいのか」の一点です。誤れば刑事責任を問われ、遅らせれば発見が遅れます。順序が決まっていれば、この板挟みは小さくできます。

発見まで4日以上が約4割という数字

警察庁刑事局捜査第一課「警察取扱死体のうち、自宅において死亡した一人暮らしの者(令和7年)」によると、令和7年に自宅で亡くなった一人暮らしの方は76,941人で、うち65歳以上が58,919人です。

注目したいのは死亡から発見までの経過日数です。65歳以上の58,919人の内訳は、0〜1日が22,502人、2〜3日が12,321人、4〜7日が8,185人、8〜14日が5,752人、15〜30日が5,460人、31〜90日が3,515人、91日以降が1,184人でした。

ここから計算すると、4日以上経ってから発見された方が24,096人・約40.9%8日以上が15,911人・約27.0%31日以上が4,699人・約8.0%となります。1日以内に見つかった方が38.2%いる一方で、4割は数日から数か月を要しているという分布です。

合鍵があっても、原則として入れない

賃貸借契約を結んだ時点で、その住戸を使う権利は借主にあります。貸主が所有者であっても、契約の範囲内で使用している借主の意思に反して立ち入ることは原則としてできません。国土交通省「賃貸住宅標準契約書」の解説コメントも、第16条について「借主は本物件を契約の範囲内で自由に使用する権利を有しており、貸主は原則として本物件内に立ち入ることはできない」と明記しています。

刑法第130条は、正当な理由なく人の住居に侵入した者を処罰の対象としています。合鍵を使ったかどうかは関係がなく、家賃の滞納が続いていることも、それだけでは立ち入りを正当化しません。権利があると思う側が実力で解決してしまうこと(自力救済)は、日本の法制度では原則として認められていないためです。

入れないのは室内だけではありません。無断での鍵交換、荷物の搬出、電気・水道の停止なども同じ考え方で問題になり得ます。安否確認という目的であっても、手段の選び方は別に問われます

例外は「緊急の必要がある場合」に限られる

賃貸住宅標準契約書は、立ち入りを二段構えで定めています。第16条第1項は、防火・構造の保全その他の管理上特に必要があるときに、あらかじめ借主の承諾を得て立ち入れるとする原則です。借主は正当な理由がある場合を除きこれを拒めません(第2項)。

これに対し第16条第4項は、「火災による延焼を防止する必要がある場合その他の緊急の必要がある場合においては、あらかじめ乙の承諾を得ることなく、本物件内に立ち入ることができる」と定めます。ただし同項は、不在時に立ち入ったときは立入り後にその旨を借主に通知しなければならないとも定めています。事後の通知と記録までが一体の手続きだと理解しておくのが安全です。

民法にも、他人のために事務を処理する「事務管理」(第697条)と、本人の身体・名誉・財産への急迫の危害を免れさせるために行った場合の責任を軽くする「緊急事務管理」(第698条)の規定があります。もっとも、これらは事後に評価される枠組みであり、事前に立ち入りの可否を保証してくれるものではありません。まず確認すべきは、自社の契約書に第16条第4項に相当する条項があるかどうかです。

迷ったときに踏む5つの段階

①外から確認できる事実を集める。 郵便受けの滞留、玄関前の様子、電気・ガスメーターの動き、室内の照明や物音、異臭の有無。日時とともに記録します。

②緊急時の連絡先に連絡する。 標準契約書の頭書(5)には「緊急時の連絡先」欄があり、作成にあたっての注意点では、この連絡先に借主の急病・急変、安否確認や漏水等への対応を依頼することも想定されると説明されています。契約時に趣旨を伝えたうえで登録してもらうことが前提の欄です。

③近隣・関係先にあたる。 直近で姿を見た人がいないか。担当のケアマネジャーや訪問サービスが入っている場合、その事業者が最後の接触者であることは少なくありません。

④警察に相談する。 生命に関わる可能性が具体的に見えている場合は110番、そこまでではないが判断に迷う場合は、警察庁が案内する警察相談専用電話「#9110」や最寄りの警察署が窓口になります。警察官職務執行法第6条第1項は、危険な事態で人の生命・身体・財産への危害が切迫している場合に、警察官が必要な限度で他人の建物に立ち入ることができると定めています。

⑤立ち入る場合は複数人で、記録を残す。 単独で開けないこと、立ち入った事実と時刻・同行者・目的を書面に残すこと、そして借主が不在だった場合の事後通知。ここまでを一連の手続きとして扱います。

災害時は、避難行動要支援者名簿や個別避難計画という別の枠組みが動きます。平時の対応とは前提が異なるため、災害時の高齢入居者の安否確認もあわせて整理しておくと、社内の手順が二重になりません。

立ち入りを判断する側の準備

手順を決めても、材料がなければ判断はできません。準備は2つです。

ひとつは緊急時の連絡先を古いままにしないこと。入居から年数が経つと、登録された親族が転居していたり、本人より先に高齢になっていたりします。更新の機会を契約更新時に設けるだけで、①〜③の段階で止まる確率が上がります。標準契約書の別表第3が「1か月以上継続して本物件を留守にすること」を借主の通知事項としているのも、同じ発想です。

もうひとつは異変に外から気づける経路を持つこと。郵便受けや照明は、誰かが現地を見に行って初めて分かる情報です。スマートメーターを使った見守りのような仕組みは、生活リズムの変化を離れた場所から受け取れるため、「連絡が取れない」と気づく時点を前倒しできます。ごみの堆積など住環境の変化が見えている住戸では、地域包括支援センターに事前に相談しておくと、いざというときの連絡先が一つ増えます。

入口(安否確認)と出口(契約終了・残置物の処理)の両方を先に決めておくほど、その場の判断は減ります。

まとめ:判断を一人で背負わない

合鍵を持っていることと、開けてよいことは別です。原則は借主の承諾を得た立ち入り(標準契約書第16条第1項)、例外は緊急の必要がある場合の無承諾立ち入りと事後通知(同第4項)。この線引きを社内で共有し、外形的な事実の記録 → 緊急連絡先 → 近隣・関係先 → 警察への相談、という順序を踏むことが、入居者と自社の双方を守ります。

どこまでが「緊急の必要」に当たるかは状況によって評価が分かれます。具体的な判断は警察や弁護士への相談を前提にしてください。そのうえで、「連絡が取れない」と気づくのが遅れない仕組みを持つことが、手順以前の備えになります。ご自身の物件の状況は、60秒のリスク診断でも確認できます。

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