高齢入居者の家賃滞納にどう対応するか|催告・解除の順序と大家がしてはいけないこと
高齢の入居者の家賃が今月入っていない——督促を急ぐか様子を見るかで手が止まる場面です。判断の基準は感覚ではなく、契約書の条文と民法の手続きにあります。加えて高齢入居者では、一般の滞納対応にはない分岐がひとつ増えます。順に整理します。
高齢入居者の滞納は、まず「支払えない」以外を疑う
意外に思われるかもしれませんが、大家が高齢者の入居を制限する理由として「家賃の支払いに対する不安」を挙げた割合は、ごくわずかです。国土交通省が社会資本整備審議会の資料として示した調査(令和3年度国土交通省調査。入居制限を行っている76団体への調査)では、最も該当する理由は「居室内での死亡事故等に対する不安」が90.9%で、「家賃の支払いに対する不安」は1.3%にとどまっています。
業界の実感としても、高齢入居者は「払えない層」とは見られていません。それでも入金が止まったなら、金銭以外の理由を先に疑います。入院した/体調を崩した/振込の手続き自体ができなくなった/室内で倒れている——いずれも督促状では解決しない事象です。
滞納の理由が「お金がない」ではなく「手続きができない」場合は、社会福祉協議会の日常生活自立支援事業が受け皿になることがあります。詳しくは家賃の払い忘れが続く高齢入居者への対応をご覧ください。
入金が止まり、かつ電話にも出ないという状態が重なったときは、回収の話に進む前に安否の確認が先です。ただし合鍵での立入りには法的な線引きがあります(入居者と連絡が取れないときの立入りの可否)。
いつから「滞納」なのかを契約書で確認する
民法第614条は、建物の賃料は「毎月末に」支払うと定めています。つまり法律上の原則は後払いです。もっとも実務のほとんどは特約で前月末払い(翌月分を当月末までに)としており、国土交通省の「賃貸住宅標準契約書」も第4条第1項で頭書(3)の記載に従って支払うという形をとっています。
したがって「何日を過ぎたら遅れなのか」は契約書の頭書欄で決まります。督促の起点も、内容証明を送る際の記載も、ここを確認してから組み立てます。連帯保証人型の契約であれば、令和2年4月施行の改正民法により個人の連帯保証には極度額の定めが必要で、標準契約書にも極度額の記載欄が設けられています。極度額の定めがない個人保証は効力を生じないため、古い契約書のまま運用していないかもあわせて確認します。
解除には「相当の期間を定めた催告」が要る
滞納が続いた場合でも、契約はすぐには切れません。民法第541条は、債務の不履行に対して「相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないとき」に解除できると定めています。賃貸住宅標準契約書も同じ構造で、第10条第1項が、賃料支払義務の違反について相当の期間を定めた催告を経たうえで解除できるとしています。
催告なしに解除できるのは、同条第3項・第4項が挙げる反社会的勢力の排除に関わる場面などに限られます。賃料滞納は、無催告解除の対象として並んでいません。
加えて判例上、賃料滞納による解除が認められるには、貸主と借主の信頼関係が破壊されたと言える必要があるとされています(信頼関係破壊の法理。最高裁昭和39年7月28日判決)。実務では「3か月分程度」が一つの目安として語られますが、月数だけで決まるわけではありません。催告に応じない不誠実な態度があれば短くても認められることがあり、逆にやむを得ない事情があってその後に誠実な対応が見られた場合は、3か月を超えていても解除が否定されることがあります。
解除が認められるかは個別事案の総合判断です。契約解除や明渡しを検討する段階に入ったら、必ず弁護士にご相談ください。本記事は手続きの枠組みを整理したものです。
保証会社に任せても、契約を切るのは大家の仕事
家賃債務保証を利用していれば、滞納分は保証会社から立替払いを受けられます。ただし標準契約書第17条が定めるのは「保証の内容は別に定めるところによる」という位置づけであり、賃貸借契約そのものの当事者は依然として大家と入居者です。
この点を明確にしたのが最高裁令和4年12月12日判決です。ある家賃債務保証業者の保証委託契約にあった2つの条項——①滞納が賃料3か月分以上に達したときは無催告で賃貸借契約を解除できるとする条項、②滞納2か月以上で連絡が取れず建物を相当期間利用していないと認められるときは明渡しがあったものとみなすとする条項——について、最高裁はいずれも消費者契約法第10条により無効と判断しました。賃貸借契約の当事者でない保証会社が限定なく解除権を行使でき、借主が異議を述べる機会もないまま使用収益権を制限される点が、信義則に反するとされたものです。
実務への含意はシンプルです。保証会社が動いていても、催告や解除の手続きを省いてよいことにはなりません。保証会社の審査を通しておくことは有効な備えですが、それは回収の話であって、解除の手続きを代替するものではありません。
実務の順序と、絶対にしてはいけないこと
ここまでを順序に落とすと、次のようになります。
- 入金の事実と契約上の支払期日を確認する(標準契約書 頭書(3)・第4条)
- 本人へ連絡する。つながらなければ安否確認の分岐へ(督促は早朝・深夜を避け、勤務先や連帯保証人以外の親族への連絡はしない)
- 保証会社または連帯保証人へ所定の期限内に通知する(保証契約は通知の遅れで免責されることがあります)
- 書面で催告する。相当の期間を定め、内容証明郵便で記録を残す(民法第541条・標準契約書第10条第1項)
- それでも解消しない場合に、弁護士に相談のうえ解除・明渡しの検討に入る
そして、してはいけないことは明確です。鍵の交換、無断での立入り、家財の運び出し、貼り紙による督促——これらは判決を得ずに実力で権利を実現する自力救済にあたり、認められません。最高裁が保証会社の「明渡しみなし条項」を無効としたのも、まさにこの発想を退けたものです。
まとめ:滞納の「回収」と「原因」を分けて扱う
滞納対応は、回収の手続きと、滞納が起きた原因への対応という二つの線でできています。手続きの線は、支払期日の確認 → 催告 → 解除の順序が民法と標準契約書で決まっており、保証会社の存在はそれを短縮しません。
もう一方の線が、高齢入居者では重くなります。入金の途絶は、判断能力や体調の変化がいちばん早く表に出る場所でもあるからです。大家が最も恐れている「居室内での死亡事故」の90.9%という数字と、入金が止まるという事実は、同じ物件で同時に起こり得ます。だからこそ、督促の前に安否を確かめる分岐が要ります。日常的に異変へ気づく仕組みとしてはスマートメーターによる見守りがあり、地域の相談先としては地域包括支援センターが使えます。ご自身の物件で何が足りていないかは、60秒のリスク診断でも確認できます。