2026.09.05

高齢入居者の緊急連絡先は、いざというとき本当に使えるのか|連絡してよい場面と、繋がらなかったあと

約3,200文字読了目安 6分

入居申込書の緊急連絡先欄は埋まっている。けれど、実際に入居者と連絡が取れなくなったとき、その番号にかけていいのか、どこまで話していいのか、迷ったことはないでしょうか。

緊急連絡先は、賃貸の実務でもっとも当てにされていて、もっとも中身が確かめられていない欄です。誰でも書ける代わりに、書かれた側は何の義務も負っていません。

緊急連絡先は保証人ではない

まず前提を分けておきます。連帯保証人は賃借人と同じ債務を負い、家賃債務保証会社は契約に基づいて立替払いをします。これに対して緊急連絡先は、金銭的な責任も、連絡に応じる義務も負いません。契約書に署名しているわけでもなく、多くの場合は申込書に名前と番号が書かれているだけです。

できるのは「本人と連絡が取れないときに、状況を伝えて協力を求める」ところまでです。滞納の督促先として使うことも、原状回復費を請求することもできません。この線引きは身元保証人がいない高齢者の入居で整理しています。

高齢入居者では、緊急連絡先のほうも高齢になる

単身高齢者の場合、書かれる相手は同年代の兄弟姉妹や配偶者の親族であることが珍しくありません。入居時は元気でも、契約が5年10年と続くうちに、連絡先の側が先に施設へ入ったり亡くなったりします。

緊急連絡先欄は、更新のたびに確かめないと静かに古くなります。「書いてある=使える」ではありません。更新時に一度かけてみれば分かります。

そもそも書ける相手がいない、という申込みも増えています。それを理由に断る前に、緊急連絡先を立てにくい高齢者を実際に受け入れている物件がどう運用しているかを見ておくと、判断の幅が変わります。

入居者の情報を伝えるのは「第三者提供」に当たる

ここが実務で見落とされる点です。緊急連絡先へ「〇〇さんと1週間連絡が取れません」「郵便物が溜まっています」と伝える行為は、入居者の個人データを本人以外へ渡すこと——個人情報保護法でいう第三者提供に当たります。原則として、あらかじめ本人の同意が要ります。

緊急連絡先として名前が書かれていること自体は、本人が「この人に連絡してよい」と同意した証拠にはなりません。書いたのは入居者ですが、何をどこまで伝えてよいかまでは決めていないからです。

大家も個人情報取扱事業者に当たる。件数は関係ない

「うちは数戸だから関係ない」という理解は誤りです。個人情報保護委員会は、個人情報データベース等を事業の用に供している者であれば、「当該個人情報データベース等を構成する個人情報によって識別される特定の個人の数の多寡にかかわらず、個人情報取扱事業者に該当します」と公表しています。平成29年5月30日の改正施行前にあった5,000人分以下の除外は、いまはありません。

同意なしで渡せる場面は、条文で限られている

例外はあります。個人情報保護委員会は、法第27条第1項が定める同意不要の類型を挙げており、そのひとつが「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」です。具体例として、意識不明の本人について血液型や家族の連絡先を医療機関等へ提供する場合、「災害発生時に、宿泊者の安否確認のために保養所が警察・消防機関等に対して宿泊者に関する情報を提供する場合」が示されています。

倒れているのを発見した、室内から応答がなく生命の危険がある——こうした場面で消防や警察へ情報を渡すことは、この例外に沿った行為として説明がつきます。一方、「家賃が2か月遅れている」を親族へ伝えるのは、生命・身体の保護ではありません。同じ相手への連絡でも、扱いは変わります。

だから入居時に、渡す範囲を決めて同意をもらう

実務上いちばん効くのは、緊急時に判断することをやめて、入居時に決めておくことです。申込書の緊急連絡先欄に、次の3点を書き添えて署名をもらうだけで、迷う場面がほとんど消えます。

  1. どんなときに連絡するか(本人と一定期間連絡が取れないとき、室内で異変が疑われるとき など)
  2. 何を伝えるか(安否に関する事実に限る/賃料の状況を含めるかは分けて書く)
  3. 誰に伝えるか(緊急連絡先本人のほか、消防・警察・地域包括支援センターを含める)

相談先として地域包括支援センターをあらかじめ含めておくと、親族が動けない場合でも次の手が残ります。

繋がらなかったとき、貸主に残る手段

同意を取っていても、相手が出なければそれまでです。番号が変わっている、施設に入っている、そもそも関わりたくない——いずれも実際に起こります。

その先で貸主ができるのは、消防・警察への通報と、地域包括支援センターへの相談、そして室内の確認です。ただし室内へ入る判断には別の制約があり、鍵を開ける前に確かめることを入居者と連絡が取れないときにまとめています。自治体の緊急通報システムも、協力員や親族の登録を要件にする市があり、身寄りのない入居者ほど使えません。

結局、緊急連絡先は「異変に気づいたあと」の仕組みで、気づく役目は担っていません。連絡先が繋がらない前提で、異変に先に気づく仕組みをどう賃貸側に置くかを決めておけば、連絡先の当たり外れに結果が左右されなくなります。

標準契約書は「連絡先」の先を用意しはじめている

制度の側も動いています。国土交通省は賃貸住宅標準契約書の<作成にあたっての注意点>および<解説コメント>に、死後事務委任契約の締結を前提とした賃貸借契約を締結する際の特約項目の記載例を追加したと公表しています(令和6年12月)。残置物の処理等に関するモデル契約条項についても、ガイドブックの令和7年10月(第2版)が作成されています。

いずれも、亡くなったあとに誰が動くのかを契約の中で決めておくという発想です。緊急連絡先だけを頼りにする運用から、受任者を立てる運用へ移りつつあります。詳しくは残置物の処理等に関するモデル契約条項で扱っています。

まとめ:欄が埋まっていることと、機能することは別

  1. 緊急連絡先は保証人ではない。金銭的責任も応答義務もない
  2. 高齢入居者では連絡先も高齢化する。更新のたびに生きている番号か確かめる
  3. 伝える行為は第三者提供。原則として本人の同意が要る
  4. 戸数が少なくても個人情報取扱事業者に当たる
  5. 生命・身体の保護で同意が困難な場合は例外。滞納の連絡は例外に当たらない
  6. 入居時に「いつ・何を・誰に」を決めて同意をもらう
  7. 気づく役目は緊急連絡先にはない。そこは賃貸側の仕組みで埋める

緊急連絡先の欄を見直すだけでも、いざというときに動ける確率は上がります。自分の物件で何が抜けているかは、60秒のリスク診断でも確認できます。

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