高齢の親のために子が契約者になる賃貸|「名義だけ子」は転貸にあたるのか
「契約者は私、住むのは母です」——高齢の親のために子が申込書に名前を書く形は珍しくありません。断る理由も承諾する理由も曖昧なまま進みがちですが、この形は法律上まったくの無色ではありません。貸主が最初に確かめることを、条文と標準契約書から整理します。
契約者は子、住むのは親——この形はどこに当たるのか
判断の起点は「誰が住むか」です。契約者と入居者が同じなら普通の賃貸借ですが、契約者が住まず第三者だけが住む形は、民法第612条の射程に入ります[1]。親子であっても、法律上は第三者です。
内閣府「令和7年版高齢社会白書」によれば、令和5年の65歳以上の者のいる世帯は2,695万1千世帯で全世帯の49.5%[4]。親の住まいを子が段取りする場面は増えています。
無償で使わせても、条文の「転貸」に当たる
民法第612条第1項は「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない」と定めます。注意したいのは第2項です[1]。
「賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる。」——条文は有償か無償かを区別していません。
親から家賃を取っていなければ、子と親の間は使用貸借(民法第593条)です。しかし使用貸借にも同じ構造があり、第594条第2項は借主が貸主の承諾なく第三者に使用させることを禁じています。「お金をもらっていないから転貸ではない」という説明は、貸主の側からは通りません。
もうひとつ、第597条第3項は「使用貸借は、借主の死亡によって終了する」と定めます。親が亡くなれば子と親の使用関係は終わりますが、貸主と子の賃貸借契約はそのまま残ります。同居人が残る場合とは、終わり方がまったく違います。
承諾は書面で。標準契約書は口頭を予定していない
国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版・連帯保証人型)第8条第1項は、「乙は、甲の書面による承諾を得ることなく、本物件の全部又は一部につき、賃借権を譲渡し、又は転貸してはならない」と定めています[2]。
裏を返せば、申込みの時点で親が住むと分かっているなら、それは「無断転貸」ではありません。書面で承諾しておけば、後から問題になる余地はほぼ消えます。曖昧にしたまま契約するほうがリスクが高い、というのが実務の順序です。
無断だと後から分かっても、すぐには解除できない
入居後に「契約者は住んでいない」と判明した場合はどうか。条文だけ読めば解除できそうですが、実際には二重のブレーキがかかります。
ひとつは信頼関係破壊の法理です。最高裁昭和28年9月25日判決は、無断で第三者に使用させた場合でも、賃貸人に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情があるときは第612条第2項による解除はできないとしました[3]。親子間で使用実態の変化が小さい例は、これに当たりやすい類型です。
もうひとつは契約書自身です。標準契約書第10条第2項は、第8条各項の違反による解除に①相当の期間を定めた催告と②その違反により契約の継続が困難であると認められるに至ったことの両方を求めています[2]。家賃滞納の催告と解除と同じ構造で、条文より重い要件です。
解除できるかは個別事情の評価です。使用実態・経緯・貸主への影響で結論が変わるため、実際に解除へ進む前に弁護士に相談してください。
名義を子にすると、審査と保証はどう変わるのか
名義を分ける動機はたいてい審査です。家賃債務保証の審査も収入・信用を見る対象は契約者なので、現役世代の子が契約者なら通りやすくはなります。
見落としやすいのは債務の所在です。賃料債務を負うのは契約者である子だけで、実際に住む親は債務者ではありません。滞納の請求先が現役世代になるのは有利ですが、連帯保証人を親側の親族に立てても、契約者と保証人の関係が実態とずれていないか確認が要ります。
同居人欄では「契約者が住まない形」を書けない
標準契約書は頭書(5)に「借主及び同居人」の欄を置き、同居人の氏名・年齢・合計人数を記入させます。別表第3(第8条第5項関係)第一号は「頭書(5)に記載する同居人に新たな同居人を追加(出生を除く。)すること」を通知事項としています[2]。
つまり契約書は「誰が住んでいるか」を把握する前提で作られていますが、その枠組みは借主が住んでいることを当然の前提にしています。借主が住まず親だけが住む形は、同居人欄では表現しきれません。だからこそ承諾書の側で入居者を特定しておく必要があります。
頭書(5)には「緊急時の連絡先」欄もあり、解説は急病・急変や安否確認への対応を依頼することも想定されるため、契約時に連絡して承諾を得ているか確認するよう求めています[2]。契約者が子だと、この欄も同じ子になりがちです。緊急連絡先が実際に使えるかという論点が、この形では特に効いてきます。
契約者が遠方だと、異変に気づく人が現地にいない
この形の本当の弱点は、法律ではなく運用にあります。契約者は遠方の子、住むのは単身の高齢者。契約上の相手は揃っているのに、部屋の近くに異変へ気づく人がいません。
しかも家賃は子の口座から落ち続けます。滞納という最も分かりやすい異変のサインが、この形では働きません。連絡が途絶えても契約は正常に見え続けるということです。日々の生活反応で異変を拾う仕組みを物件側に置くことが、契約者が現地にいない前提を埋める現実的な手当てになります。
親本人の名義で借りる道は残っている
名義を分ける前提には「本人名義では借りられない」という判断がありますが、それが常に正しいとは限りません。令和7年10月1日に施行された改正住宅セーフティネット法では、認定を受けた家賃債務保証業者や、見守りまで備えた居住サポート住宅の枠組みが整えられています。住宅確保要配慮者の制度上の位置づけも確認しておく価値があります。
親本人が契約者なら、承諾も同居人欄も緊急連絡先も素直に設計できます。年齢を理由に断らず本人名義で受け入れている物件の条件を見ておくと、名義を分ける必要が本当にあるのかを判断しやすくなります。
まとめ:承諾するなら、書面に4つ残す
- 実際に住むのは誰か——氏名・年齢・契約者との続柄
- その使用を貸主が書面で承諾したこと(標準契約書第8条第1項)
- 緊急時の連絡先を契約者とは別に確保すること——契約者と同一だと機能しない
- 入居者が亡くなった・退去したときに契約をどう扱うか——使用貸借は入居者の死亡で終わるが賃貸借は残る
断る必要のある形ではありません。確かめずに通すか、確かめて書面に残すかの違いだけです。