入居者が亡くなり同居人が残ったら|出て行ってもらえるのかを分ける「相続人がいるか」
高齢の入居者が亡くなった。部屋には、一緒に暮らしていた人が残っている。配偶者かもしれないし、婚姻届を出していない相手や、年老いたきょうだいかもしれません。この人に出て行ってもらえるのか。賃料は誰に請求するのか。答えを分けるのは、その人が誰かではなく、相続人がいるかどうかです。
珍しい場面ではありません。内閣府「令和7年版高齢社会白書」によると、65歳以上の者のいる世帯は令和5年時点で2,695万1千世帯・全世帯の49.5%で、その世帯構造は夫婦のみの世帯が約3割、単独世帯が約3割。単身とは限りません。
契約は借主の死亡では終わらない
前提として、賃貸借契約は借主が亡くなっても終了しません。民法第896条は、相続人が相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定めています。賃借権も財産上の権利ですから、契約は相続人に引き継がれます。
つまり「借主が亡くなった=部屋が空いた」ではない。誰かが契約上の借主の地位に立っている状態が続いており、貸主が最初にすべきは、それが誰かを特定することです。
最初に開くのは契約書の頭書、同居人の欄
実務の第一手は契約書を開くことです。国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)は、頭書(2)に借主とあわせて同居する者の氏名・年齢を記載する欄を設けています。別表第3(第8条第5項関係)第一号は、「頭書(2)に記載する同居人に新たに同居する者を追加すること(出生を除く。)」を、貸主への通知が必要な行為として挙げています。
確認できるのは、その人が契約上把握された同居人なのか、届出のないまま住み着いた人なのかです。後者なら通知義務違反という別の論点が重なりますが、届出がないことだけを理由に即座に明渡しを求められるわけではありません。
相続人がいないとき:借地借家法第36条で同居者が承継する
亡くなった入居者に相続人がいない場合、条文が正面から答えを置いています。借地借家法第36条第1項は次のとおりです。
「居住の用に供する建物の賃借人が相続人なしに死亡した場合において、その当時婚姻又は縁組の届出をしていないが、建物の賃借人と事実上夫婦又は養親子と同様の関係にあった同居者があるときは、その同居者は、建物の賃借人の権利義務を承継する。」
ただし書は、相続人なしに死亡したことを知った後1か月以内に貸主へ反対の意思を表示したときは承継しないと定めます。第2項は賃貸借関係から生じた債権・債務も承継者に帰属するとしており、滞納分も敷金返還請求権もその人に移ります。
注意点は「相続人なしに死亡した場合」という要件です。遠方に子がいれば適用されません。逆に相続人全員が相続放棄をすれば、民法第939条により初めから相続人とならなかったものとみなされ、この要件に当たり得ます。その後の手続きは入居者が亡くなり相続人が見つからないときで整理しています。
相続人がいるとき:同居人は相続人の賃借権を援用できる
では相続人がいる場合、婚姻届のない同居人は出て行かなければならないのか。賃借権は相続人に承継され、同居人は相続人ではないため、自分の権利としては賃借権を取得しません。しかし最高裁は昭和42年2月21日の判決で、家屋賃借人の内縁の妻は、賃借人が死亡した場合には相続人の賃借権を援用して、貸主に対しその家屋に居住する権利を主張できると判示しました。公益社団法人全日本不動産協会の法律相談も、この判例を踏まえて貸主からの明渡し請求は認められないと整理しています。
結果として、相続人がいてもいなくても同居人にはそのまま住み続けられる道がある。違うのは、誰が契約上の借主かという点です。
賃料は誰に請求するのか
- 相続人がいない場合:借地借家法第36条により承継した同居者が借主です。以後の賃料はその人に請求します
- 相続人がいる場合:借主の地位は相続人にあります。請求先は相続人であって、住んでいる同居人ではありません
後者は落とし穴です。部屋にいる人に請求書を渡し続けても、契約上の相手方ではないため支払義務の根拠が弱い。ただし同居人が払えないわけではなく、民法第474条は第三者による弁済を認めています。居住を続けたい同居人は利害関係のある第三者として賃料を支払い、滞納による解除を避けられます。相続人の所在が分からない場合の調べ方は、孤独死の原状回復費用は誰に請求できるのかで扱った三つの壁と重なります。
相続人と合意で解除しても、同居人には対抗できないことがある
相続人と話がついたので合意解除し、部屋を明け渡してもらう。手早く見えますが、そうはなりません。東京地裁昭和63年4月25日の判決は、貸主と相続人の合意解除は、信義誠実の原則に反しない特段の事情がある場合を除き、内縁の配偶者に対抗できないとしています。
もっとも、同居人の居住が絶対に守られるわけでもありません。前掲の最判昭和42年2月21日の事案は、賃貸借契約そのものが適法に解除されていたため、結論として内縁の妻は明渡請求を拒めませんでした。争われているのは人の属性ではなく、契約が生きているかどうかです。
相続人の確定、承継の有無、明渡しの可否は個別の事情で結論が変わります。書面を出す前に弁護士へご相談ください。鍵の交換や荷物の搬出は、相手に権原がないと思われる場合でも自力救済として認められません。
貸主が実際に進める順序
- 契約書の頭書(2)を見る。残っている人が届出済みの同居人かを確認する
- 相続人の有無を確認する。ここで第36条ルートか援用ルートかが決まります
- 請求先を切り替える。相続人がいるなら請求先は相続人。口座名義人が亡くなれば引落しはその月から止まります
- 居住継続の意思を書面で確かめる。第36条のただし書は1か月以内の反対の意思表示を定めており、期間の起算に関わります
- 名義を整える。承継が確定したら、借主・連帯保証人・緊急連絡先を書き換える。残された人もまた高齢であることが多いためです
入居中に判断能力が低下し、契約を終わらせる側に回る場合は入院・施設入所と成年後見人による解約で整理しています。
まとめ:見ているのは人ではなく、契約の状態
- 死亡では契約は終わらない。民法第896条により賃借権は相続人に承継されます
- 相続人がいなければ第36条。事実上夫婦・養親子と同様の関係にあった同居者が権利義務を承継します
- 相続人がいれば援用。最判昭和42年2月21日により、同居人は相続人の賃借権を援用して居住を続けられます
- 請求先は住んでいる人とは限らない。相続人がいる場合の借主は相続人です
どちらのルートでも、残されたのは高齢の一人暮らしです。名義を書き換えるときが、電気の使用状況からの見守りのような仕組みを入れる最も自然なタイミングでもあります。自分の物件に何が欠けているかは、60秒のリスク診断でも確認できます。