高齢者の緊急通報システムは誰が使えるのか|自治体で違う条件と、大家が当てにできない理由
単身の高齢者から入居申込みが入ったとき、「自治体の緊急通報システムを付けてもらえば安心できるのでは」と考える貸主は少なくありません。装置を貸してくれて、ボタンひとつで助けを呼べる公的な制度だからです。
ところが自治体の案内を横に並べると、誰が使えるかは市区町村ごとにかなり違います。しかも条件の一部は、貸主が最も見守りを付けたい相手——身寄りのない単身高齢者——を外す方向に働きます。
高齢者の緊急通報システムとは何か
市区町村が高齢者宅に通報装置やペンダント型の発報器を貸し出し、急変時にボタンを押すと受信センターや消防につながる仕組みです。一定時間ドアの開閉や人の動きがないことを検知するセンサーを組み合わせる自治体もあります。
名称も「高齢者等緊急通報システム」「緊急通報装置の貸与」「見守りあんしん電話」などまちまちで、全国一律の制度ではなく自治体ごとの事業です。この点が、以降のすべての違いにつながります。
対象は「65歳以上のひとり暮らし」だけではない
年齢と世帯の条件からして揃っていません。2026年9月時点の公表内容です。
- 川崎市:65歳以上で「心臓疾患、高血圧等の慢性疾患等のため、日常生活に注意を要する方」かつひとり暮らし等。別枠で「75歳以上のひとり暮らしの方」も対象
- 東京都中央区:65歳以上のひとり暮らしまたは高齢者のみの世帯。家族が65歳未満でも、日中・夜間に高齢者のみとなる世帯は対象になりうる
- 千葉市:おおむね65歳以上でひとり暮らし。日中だけ同居人が不在の場合は対象外
- 所沢市:65歳以上のひとり暮らしで慢性的な疾病等がある方、または90歳以上のひとり暮らしで身体機能に制限がある方
下限の65歳はおおむね共通しますが、慢性疾患の要件が付くか、単身に限るか、高齢者のみ世帯まで含むかは自治体の判断です。「65歳以上の単身なら使える」という理解のまま審査を進めると、後で外れます。
協力員や親族の登録を求める自治体がある
千葉市は対象者の条件として「協力員を少なくとも1名登録できる方」を明記しています。協力員には、緊急通報やセンサーの異常検知があった際に受信センターから状況報告の連絡が入ります。所沢市も「緊急時において、市などから連絡を行うことができる親族や身元保証人などがいる方」を要件に挙げています。
つまり、身寄りがなく緊急連絡先も立てられない入居者は、公的な緊急通報システムの入口で落ちることがあります。最も見守りが必要な人ほど要件を満たしにくい、という向きの制度設計です。
一方、川崎市・中央区の公表内容に協力員の登録要件は見当たりません。同じ名前でも必要なものが違うということです。緊急連絡先自体を立てられない場合は身元保証人がいない高齢者の入居にまとめました。
費用の負担は自治体によって分かれる
千葉市は利用料金・機器設置料金とも無料で、利用者負担は電気料金と電話料金のみです。一方の川崎市は所得に応じた自己負担を設定し、中央区・所沢市も利用者負担区分や課税状況によって額が変わります(所沢市は市民税額が一定額未満なら無料となる場合があると案内)。
入居者にとっての負担感が住む場所で変わるため、貸主が「安く付けられます」と説明するのは避けたほうが無難です。
申し込み窓口は地域包括支援センターか区役所
申請先も分かれます。川崎市は「地域包括支援センター及び区役所」、千葉市は「お住まいの区の保健福祉センター高齢障害支援課」、所沢市は高齢者は地域包括支援センターへ、と案内しています。
どの窓口が正解かを貸主が調べ切る必要はありません。地域包括支援センターに問い合わせれば、その市で何が使えて誰が対象かを教えてもらえます。入居審査の段階で一本電話を入れると判断が早くなります。
制度そのものが終わる自治体もある
千葉市は同事業について「本事業は制度の見直しを行うため、令和8年10月30日をもって新規受付を終了します」と公表しています。あわせて、同日までに申し込んだ場合も「本事業の利用期限があります」とされ、既存の利用者にも期限が設定されます。併設の高齢者福祉電話も同日で新規受付を終了します。
自治体事業である以上、見直しや終了は起こります。入居時に使えた制度が契約期間の途中で止まることもある——という前提で運用を組む必要があります。
これから増えるのは、要件で落ちる入居者のほう
国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)」(令和6(2024)年推計)によれば、65歳以上の単独世帯に占める未婚者の割合は、令和2(2020)年の男性33.7%・女性11.9%から、令和32(2050)年には男性59.7%・女性30.2%へ上昇する見込みです。
同推計は、現在の高齢単独世帯は別居の子や兄弟姉妹がいる割合が高いのに対し、30年後は子のいない割合が高まり兄弟姉妹数も少なくなるため、「近親者が全くいない高齢単独世帯が急増すると想定される」と述べています。協力員や親族を要件にする制度は、そのぶん適用できる相手が減っていきます。
公的制度で拾える入居者と拾えない入居者の差が開いていく、ということです。協力員も親族もいない入居者を賃貸側の仕組みでどう見守るかを先に決めておくと、申込みのたびに判断が止まらずに済みます。
大家が入居可否の前提にできない、という結論
貸主にとっての意味は一つです。自治体の緊急通報システムは、入居可否を判断する時点では「使えるかどうか分からないもの」として扱うほかありません。年齢・世帯・健康状態・協力員の有無・所得、そして事業が続いているか——このすべてが揃って初めて使えます。
「自治体の見守りがあるから大丈夫」と見込むのではなく、賃貸側で用意できる見守りを先に決め、公的制度は使えたら上乗せと考えるほうが安全です。何を先に決めるかは賃貸に見守りサービスを導入するとき、最初に決めることで整理しています。
入居者側が何を条件に部屋を選んでいるかは、65歳以上の入居を実際に受け入れている物件を見ると分かります。
まとめ:使えるかどうかは、申し込んでみるまで分からない
- 全国一律ではない。年齢・世帯・健康状態の条件は自治体ごとに違う
- 協力員や親族を要件にする自治体がある。身寄りのない入居者ほど入口で落ちる
- 費用も窓口も自治体差がある。貸主が負担額を説明しない
- 新規受付を終了する自治体が出ている。契約期間中に前提が変わりうる
- 賃貸側の見守りを先に決め、公的制度は上乗せとして扱う
使えるなら使うべき制度です。ただし使えることを前提に入居を決めると、外れたときに何も残りません。自分の物件に何が欠けているかは、60秒のリスク診断でも確認できます。