2026.08.12

入居者が亡くなり相続人が見つからない|相続財産清算人と賃貸借契約の終わらせ方

約2,900文字読了目安 6分

単身の高齢入居者が室内で亡くなった——このとき大家・管理会社が直面するのは、清掃や原状回復だけではありません。「契約は誰と終わらせるのか」「部屋の物は誰が引き取るのか」という手続き上の出口の問題です。相続人が見つからない、あるいは全員が相続放棄したケースでは、この出口が想像以上に遠くなります。本記事では民法の規定と司法統計から整理します。

借主が亡くなっても、賃貸借契約は自動では終わらない

まず押さえるべき前提があります。民法896条は、相続人が相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定めています。賃借権も財産上の権利ですから、借主が亡くなっても賃貸借契約は終了せず、相続人に承継されます(被相続人の一身に専属したものは除かれますが、通常の建物賃貸借はこれに当たりません)。

つまり、退去・明渡し・鍵の返却・未払賃料の精算は、すべて「相続人」を相手に行います。相続人が判明していて協力的であれば合意解約で速やかに整理できます。問題は、そうならない場合です。

賃借人の死亡後に自動的に契約が終わる仕組みを個別に用意しているのが、高齢者向けの終身建物賃貸借です。通常の普通借家契約には、この効果はありません。

相続放棄30万件超|「放棄したので関係ありません」と言われる場面

最高裁判所事務総局の令和6年司法統計年報(家事編)によると、全国の家庭裁判所が新たに受け付けた「相続の放棄の申述の受理」は30万8,753件でした。平成17年の14万9,375件から約2.1倍に増えています。参考までに、限定承認の申述受理は690件にとどまり、相続財産の整理では放棄が圧倒的な選択肢です。

ここで重要なのが、令和5年4月1日に施行された改正民法940条1項です。相続放棄をした者が保存義務を負うのは「その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているとき」に限られ、相続人または相続財産の清算人に引き渡すまでの間、自己の財産と同一の注意をもって保存すればよい、という整理になりました。

遠方に住む親族が相続放棄した場合、その親族は室内の家財を「現に占有」していないことが多く、片づけや明渡しに応じる法的義務を負わないのが原則です。「放棄したので何もできません」という回答は、制度上は正しいことになります。

相続人が明らかでないとき|相続財産清算人という出口

相続人が全員放棄した場合や、そもそも相続人の存否が分からない場合、民法951条により相続財産は法人となります。その上で民法952条1項は、家庭裁判所が利害関係人または検察官の請求によって「相続財産の清算人」を選任しなければならないと定めています。未払賃料の債権者であり明渡しを求める立場である賃貸人は、この利害関係人に当たり得ます。

清算人が選任されれば、賃貸借契約の解約や残置物の引渡し、未払賃料の弁済といった交渉相手がようやく確定します。相続人が見つからないケースで、契約を法的に終わらせる現実的な出口はここしかありません。

司法統計では、この「相続財産清算人の選任等(相続人不分明)」の新受件数は令和6年で2万8,331件。平成17年の1万736件から約2.6倍で、相続人にたどり着けない事案そのものが増えていることを示しています。なお同制度は令和5年3月までは「相続財産管理人選任等(相続人不分明)」と呼ばれており、改正で名称が変わりました。

申立ての実際|費用と、最短でも6か月かかる理由

裁判所の案内によれば、申立先は被相続人の最後の住所地の家庭裁判所で、費用は収入印紙800円、官報公告料5,582円、および連絡用の郵便切手です。加えて、相続財産の内容によっては予納金を納める必要があり、追加納付を求められる場合もあります。相続財産が乏しい単身高齢者の事案では、この予納金が申立人(=大家側)の実質的な負担になりやすい点に注意が必要です。

期間も短くありません。民法952条2項は、清算人選任の公告と「相続人があるならば一定の期間内に権利を主張すべき旨」の公告を行うこととし、その期間は6か月を下ることができないと定めています。さらに民法957条1項により、相続債権者・受遺者に対する請求申出の公告は2か月以上の期間を定め、かつ相続人捜索の期間内に満了させる必要があります。申立てから清算の完了までに、公告だけで半年以上を要する設計です。

この間、部屋は原則として動かせません。特殊清掃や原状回復の費用が発生する一方で、次の入居者を迎えられない期間が続くことになります。

入居時に打てる手|モデル契約条項と「早く気づく」こと

手続きが重いからこそ、実務では入口での準備が効いてきます。法務省と国土交通省は令和3年6月7日に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を公表しました。相続人の有無や所在が明らかでない単身者の死亡後、契約解除や残置物処理が困難になることへの不安から高齢者の入居申込みが断られる、という状況を踏まえたものです。

仕組みは、60歳以上の単身高齢者の入居時に、受任者に対して①死亡後に賃貸借契約を解除する代理権を授与する解除関係事務委任契約と、②残置物の廃棄や指定先への送付を委託する残置物関係事務委託契約を、あらかじめ結んでおくものです。詳細は残置物処理のモデル契約条項の解説記事で扱っています。身元保証人がいない方の受け入れを検討する際も、この条項の有無で判断は変わってきます。

もう一つは、発見の早さです。相続財産清算人の手続きが必要になる局面自体は避けられませんが、発見が遅れれば残置物の状態は悪化し、原状回復の範囲も広がります。スマートメーターを使った見守りのように、室内に立ち入らず日々の変化を受け取れる仕組みがあれば、異変に気づくまでの時間を短くできます。

まとめ:手続きは重い。だから入口と発見で差がつく

借主の死亡で契約は終わらず(民法896条)、相続放棄された財産の片づけを放棄者に求めることも原則できません(民法940条1項)。相続人が明らかでなければ、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てるしかなく(民法952条1項)、公告期間は6か月以上、費用には予納金が加わります。年間30万件を超える相続放棄と、2万8千件超の清算人選任申立てという数字は、この局面が例外ではないことを示しています。

大家・管理会社にできるのは、入居時にモデル契約条項で出口を用意しておくこと、そして異変に早く気づける体制を持っておくことです。あわせて、原状回復を最大100万円・空室や家賃損失を最大200万円まで補償する保険を組み合わせておけば、手続きに時間がかかる期間の負担も受け止めやすくなります。ご自身の物件の備えは、60秒のリスク診断でも確認できます。

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