入居者が亡くなった後の家賃はいつまで請求できるのか|死亡前と死亡後で変わる請求先
入居者が亡くなった、という連絡が入る。葬儀や警察の手続きが落ち着いたころ、貸主の手元に残る問いはたいてい同じです。家賃はいつまでもらえるのか、そして誰に請求すればいいのか。
金額は小さくありません。日本少額短期保険協会「第10回 孤独死現状レポート」(2025年12月)によると、孤独死保険の家賃保証の平均支払い額は337,035円、孤独死の発生から発見までの平均日数は19日です。発見が遅れた分だけ、契約は生きたまま時間が過ぎていきます。
家賃は死亡日では止まらない
民法第896条は、相続人は相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定めています。賃借権も家賃の支払義務もここに含まれます。公益社団法人全日本不動産協会の法律相談も、借主が死亡しても賃貸借は終了せず、賃借人たる地位は相続の対象になると整理しています。
したがって死亡日をもって家賃が止まる、という扱いにはなりません。借主の地位に立っているのが誰かが入れ替わっただけです。
いつまで発生するのか——区切りは明渡し
では何が区切りになるのか。国土交通省の賃貸住宅標準契約書(平成30年3月版)第14条は、借主は契約が終了する日までに、解除された場合は直ちに物件を明け渡さなければならないと定めます。民法第622条の2第1項第一号も、敷金の返還義務が生じるのは「賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき」としています。
つまり基準点は死亡日ではなく、契約が終了し、部屋が返ってきた時点です。解約の合意が成立するまで、あるいは残置物の引き取りが終わるまでは、契約に基づく家賃が発生し続ける前提で計算します。残置物の扱いが長引く理由は入居者が亡くなり相続人が見つからないときで整理しています。
死亡前の未払分は、相続人一人に全額を請求できない
ここから請求先の話に入ります。相続人が複数いる場合、死亡前にたまっていた未払家賃と、死亡後に発生する家賃は、別の扱いになります。
まず死亡前の未払分です。最高裁は昭和34年6月19日の判決で、被相続人の金銭債務その他の可分債務は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて承継すると判示しました。民法第899条も、各共同相続人はその相続分に応じて被相続人の権利義務を承継すると定めています。
結果として、子が3人いれば、貸主が長男に請求できるのは原則として未払分の3分の1です。「連絡がついた一人にまとめて払ってもらう」は、法的な請求としては通りません。
死亡後の家賃は、相続人の誰にでも全額を請求できる
一方、死亡後に発生する家賃は扱いが変わります。大審院は大正11年11月24日の判決で、数人が共同して賃借人たる地位にある場合、賃料債務は反対の事情がない限り不可分債務であるとしました。部屋を使わせるという貸主の債務が分けられない以上、その対価も分けられない、という理屈です。
不可分債務であれば、貸主は相続人の一人に対して全額を請求できます。同じ物件の家賃なのに、死亡日をはさんで請求できる範囲が変わる——実務でいちばん見落とされる点です。
死亡前の未払分は「相続分の割合まで」、死亡後の家賃は「相続人の誰にでも全額」。請求書を作る前に、どちらの期間の話かを分けて数えます。
解除は相続人全員に対してしなければならない
請求先が広がっても、契約を終わらせる場面では逆になります。民法第544条第1項は、当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除はその全員から又はその全員に対してのみすることができると定めています。
相続人が3人いれば、解除の意思表示は3人全員に届いて初めて効力を持ちます。一人と話がついたので解約書に署名してもらった、では契約は終わっておらず、その間も家賃は発生し続けます。全日本不動産協会の法律相談も、貸主は借主の相続人全員を相手とする必要があるとしています。
相続人の範囲の確定、債務の性質の判断、解除の可否は個別の事情によって結論が変わります。督促状や解除通知を出す前に弁護士へご相談ください。相続人の承諾なく鍵を交換する、荷物を運び出すといった行為は、自力救済として認められません。
敷金は明渡しまで精算に使えない
「敷金があるのだから、そこから引いておけばいい」という声もよく聞きます。ここも順序が決まっています。標準契約書第6条第2項は、貸主は借主が債務を履行しないとき敷金を弁済に充てることができるとしつつ、借主の側からは明渡しまで敷金による充当を請求できないと定めます。第3項は、明渡しがあったときに遅滞なく敷金を返還し、滞納や原状回復費用の未払いがある場合はその額を差し引くとしています。
敷金は最後にまとめて清算するための担保であって、毎月の家賃の代わりに取り崩すものではありません。原状回復費用をどこまで差し引けるかは孤独死の原状回復費用は誰に請求できるのかで扱った三つの壁と重なります。
相続人がいない・全員が放棄したとき
相続人が誰もいない、あるいは全員が相続放棄をした場合、請求の相手方そのものが不在になります。この場合は家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てることになります。部屋に同居していた人が残っているケースでは、借地借家法第36条によりその同居者が権利義務を承継し、以後の家賃の請求先になることもあります。詳しくは入居者が亡くなり同居人が残ったらで整理しました。
貸主が実際に進める順序
- 死亡日で帳簿を区切る。死亡前の未払分と死亡後の発生分を別々に集計します
- 相続人を確認する。誰が何人いるかで、請求できる金額の範囲が変わります
- 引落しの停止を確認する。口座名義人が亡くなれば引落しは止まり、請求書の送付先を切り替えることになります
- 連帯保証人の状況を見る。標準契約書第17条第3項は、借主または連帯保証人が死亡したときに保証債務の元本が確定すると定めています
- 解除は全員へ。相続人が複数なら、解除の意思表示は全員に対して行います
- 明渡しの日を書面で残す。家賃の終期も敷金精算の起点も、この日で決まります
まとめ:止まるのは死亡日ではなく明渡し日
- 契約は死亡では終わらない。民法第896条により賃借権も家賃の支払義務も相続人に承継されます
- 終期は明渡し。標準契約書第14条・民法第622条の2第1項第一号が、返還の時点を基準に置いています
- 死亡前は分割、死亡後は不可分。請求できる範囲が期間によって変わります
- 解除だけは全員に。民法第544条第1項により、一人との合意では契約は終わりません
平均19日という数字は、その間ずっと契約が生きていたという意味でもあります。電気の使用状況からの見守りのように異変に早く気づく仕組みは、事後の手続きの総量そのものを小さくします。自分の物件に何が欠けているかは、60秒のリスク診断でも確認できます。