2026.08.19

家賃の払い忘れが続く高齢入居者へ|日常生活自立支援事業と成年後見の使い分け

約3,100文字読了目安 6分

長く滞りなく入金していた入居者の家賃が、ある月から遅れはじめる。督促すると謝られ、翌月にはまた遅れる。収入は年金で変わっていない――このとき起きているのは支払能力の問題ではなく、振込や記帳といった手続き自体が難しくなっている状態かもしれません。滞納対応の入口を間違えると、契約解除まで進んでも同じことが次の住戸で繰り返されます。

「払えない」ではなく「手続きができない」滞納

判断能力が下がったときにまず現れるのが、お金の管理です。最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況(令和7年1月〜12月)」によると、令和7年に終局した成年後見関係事件42,674件のうち、主な申立ての動機として最も多いのは「預貯金等の管理・解約」で39,871件・約93.4%でした。次いで身上保護が約74.2%、介護保険契約が約45.7%と続きます。

また同資料では、後見等の開始原因の約61.3%が認知症で、申立てが認められた本人のうち65歳以上が男性で約71.3%、女性で約85.8%を占めています。制度が動き出す典型的な場面が「高齢の方の金銭管理」であることが、数字からも読み取れます。

一方で、令和7年12月末時点の成年後見制度の利用者数は259,901人にとどまります。判断能力の低下は幅のある状態で、いきなり後見が必要になる方ばかりではありません。その手前の層を支える仕組みが、社会福祉協議会(社協)の日常生活自立支援事業です。

日常生活自立支援事業とは何か

厚生労働省の説明では、この事業は「認知症高齢者、知的障害者、精神障害者等のうち判断能力が不十分な方が地域において自立した生活が送れるよう、利用者との契約に基づき、福祉サービスの利用援助等を行うもの」です。実施主体は都道府県・指定都市社会福祉協議会で、窓口業務等は市町村社協等が担います。法律上は社会福祉法第2条第3項第12号の「福祉サービス利用援助事業」にあたり、同法第81条は都道府県社協が区域内にあまねく実施されるよう必要な事業を行うと定めています。

援助内容として厚生労働省が挙げているのは、福祉サービスの利用援助、苦情解決制度の利用援助、住宅改造・居住家屋の貸借・日常生活上の消費契約・住民票の届出等の行政手続に関する援助日常的金銭管理(預金管理等)、そして定期的訪問による生活変化の察知です。家賃の支払いという行為は、この「日常的金銭管理」と「居住家屋の貸借」の両方に接しています。

対象者には二つの条件があります。①判断能力が不十分であること、そして②本事業の契約内容について判断し得る能力を有していると認められること。契約を理解できる力が残っている段階でこそ使える制度、という点が重要です。

成年後見制度との境界線

両者はしばしば混同されますが、入口も守備範囲も異なります。日常生活自立支援事業は本人と社協との契約で始まり、家庭裁判所は関与しません。扱うのは日常的な金銭管理と福祉サービス利用の援助が中心で、本人の意思で終了することもできます。

これに対し成年後見制度は家庭裁判所の審判で始まり、代理権の範囲が法律で定まります。不動産の処分や賃貸借契約の解約といった大きな法律行為は、日常生活自立支援事業では扱えません。入居者が入院・施設入所して部屋を動かす必要が出た局面については、成年後見人による賃貸借契約の解約と家裁の許可で別途整理しています。

社会福祉法第80条は、福祉サービス利用援助事業を行う者に対し「利用者の意思決定の支援に配慮しつつ、その意向を十分に尊重する」ことを求めています。大家・管理会社の側から見れば、この制度は入居者を管理する仕組みではなく、本人の判断を支える仕組みだという前提を外さないことが、連携の出発点になります。

大家・管理会社にできる関わり方

①事実を記録する。 入金の遅れ方(毎月末に集中する、督促すると入る)、郵便物の滞留、更新書類の記入ミスや同じ質問の繰り返し。時期とともに残しておくと、相談先での説明が具体的になります。

②本人・親族に窓口を伝える。 契約は本人と社協の間で結ぶものなので、貸主が代わりに申し込むことはできません。伝えられるのは「お住まいの市区町村の社会福祉協議会に、こうした相談ができる」という情報までです。

③迷ったら地域包括支援センターへ。 どの制度が適切かの入口の見立ては専門職の役割です。地域包括支援センターは高齢者に関する総合相談窓口で、必要に応じて社協や専門機関につないでくれます。認知症が疑われる段階の具体的な進め方は入居者に認知症が疑われたときの対応フローにまとめています。

④滞納対応そのものは並行して進める。 制度の利用は滞納を帳消しにしません。家賃債務保証の手続きや保証会社への報告は通常どおり行い、そのうえで背景に手を打つ、という二本立てが現実的です。

制度につないでも、すぐには始まらない

期待だけで動くと、現場は肩透かしにあいます。大阪府社会福祉協議会が令和7年3月にまとめた報告書は、府内の日常生活自立支援事業について、利用を希望しても契約に至っていない待機者が、統計を取り始めた平成18年度以降「一度も解消されることなく恒常的に発生」していると記しています。府内の利用者は令和5年度末で2,922人に達しており、需要に供給が追いついていない状況がうかがえます。

つまり、相談したその日から金銭管理が始まるわけではありません。異変に気づいてから相談するまでの時間を短くすることが、結果的にいちばん効きます。滞納が3か月続いてからでは、選べる手が減ります。

なお、住宅と福祉の連携そのものが国の課題として整理されている段階でもあります。総務省行政評価局が令和7年3月に公表した「住宅確保要配慮者への居住支援に関する調査」は、単身高齢者世帯の増加等を背景に、市区町村の住宅部局と福祉部局の連携が一層求められる状況にあるとしています。地域差があることを前提に、自分の物件がある自治体の窓口を平時に確認しておくのが確実です。

まとめ:滞納を「支払能力の問題」と決めつけない

支払いが遅れはじめた高齢入居者に対して取れる道は、督促と契約解除だけではありません。判断能力が不十分でも契約内容は理解できる段階なら日常生活自立支援事業、それを超える法律行為が必要なら成年後見制度。この二段構えを知っているだけで、初動の選択肢が増えます。

ただし、どちらも誰かが変化に気づかなければ始まりません。入金の遅れは月末にしか分からず、気づいた時点ですでに1か月遅れています。スマートメーターによる見守りのように生活リズムの変化を日々受け取れる経路があると、「最近様子が違う」を早い段階で拾えます。制度の使い分けと、気づきの仕組み。この二つは別々の備えです。ご自身の物件の状況は、60秒のリスク診断でも確認できます。

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