「高齢だから更新しない」は通るのか|賃貸借の更新拒絶と正当事由を大家向けに整理
入居から年月が経ち、入居者が高齢になった。次の更新をどうするか——実務でよく相談される場面です。ここで先に押さえておきたいのは、「更新を断れるかどうか」の答えは、大家の気持ちではなく借地借家法の条文で決まっているということです。順に見ていきます。
拒否感の理由の9割は「居室内での死亡事故等に対する不安」
国土交通省が社会資本整備審議会の資料として示した調査結果によると、高齢者の入居に対して拒否感を持つ賃貸人(大家等)は約7割でした(令和3年度国土交通省調査。日本賃貸住宅管理協会の会員187団体へのアンケート)。内訳は「拒否感はあるものの従前より弱くなっている」44%、「従前と変わらず拒否感が強い」16%、「従前より拒否感が強くなっている」6%です。
注目したいのはその理由です。入居制限を行っている76団体に「最も該当する理由」を聞いたところ、高齢者の場合は「居室内での死亡事故等に対する不安」が90.9%と突出していました。「家賃の支払いに対する不安」は1.3%、「他の入居者・近隣住民との協調性に対する不安」は2.6%にとどまります。
つまり、更新を迷う理由の実質はほぼ一点に集約されています。この点は後段でもう一度取り上げます。
通知をしなければ、契約は同じ条件で更新される
普通借家契約(定期借家でない一般的な契約)では、更新は自動的に進みます。借地借家法第26条第1項は、当事者が「期間の満了の一年前から六月前までの間」に更新をしない旨の通知をしなかったときは、「従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす」と定めています(ただし期間の定めはないものとなります)。
さらに同条第2項は、通知をした場合でも、期間満了後に借主が使用を継続し、貸主が遅滞なく異議を述べなかったときは同じく更新されたものとみなすとしています。通知を出して終わり、ではないということです。
なお期間の定めがない契約になった後は、貸主からの解約申入れの日から6か月を経過することで終了します(第27条第1項)。
正当事由の考慮要素に「年齢」は挙がっていない
そして中心となるのが第28条です。貸主からの更新拒絶の通知や解約申入れは、次の事情を考慮して「正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない」とされています。
条文が挙げる考慮要素は、①貸主および借主が建物の使用を必要とする事情、②賃貸借に関する従前の経過、③建物の利用状況および建物の現況、④立退料など財産上の給付の申出——の4つです。
ここに「借主の年齢」は含まれていません。①は貸主自身がその建物を使う必要性であり、③は老朽化などの建物側の事情です。高齢であること自体は、条文が並べたどの要素にも当てはまりません。加えて①〜③がある程度そろわない限り、④の立退料だけで正当事由が満たされるわけでもない、という理解が一般的です。
正当事由が認められるかは、個々の事案の事情を総合して判断されます。実際に更新拒絶や解約を検討する場合は、必ず弁護士にご相談ください。本記事は条文の枠組みを整理したものです。
特約で回避することもできない
「契約書に『満●歳を超えたら更新しない』と書いておけばよいのでは」と考えたくなりますが、借地借家法第30条は「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする」と定めています。第26条・第28条は、この強行規定の対象です。
国土交通省の「賃貸住宅標準契約書」にも、年齢を理由とする更新拒絶の条項は置かれていません。契約書の書き方で乗り越えられる論点ではない、と考えるのが安全です。むしろ入居審査の段階で不安を減らす方向、たとえば家賃債務保証の審査や連絡体制の整え方に手をかけるほうが、実務としては噛み合います。
契約類型で対応する道はあるが、入居中には使えない
更新のない契約類型が存在しないわけではありません。第38条第1項の定期建物賃貸借(定期借家)は、公正証書による等書面で契約する場合に限り、更新がない旨を定められます。ただしあらかじめ「更新がなく期間満了で終了する」旨を記載した書面を交付して説明しなければならず、説明を欠けば更新なしの定めは無効です(同条第3項・第5項)。期間1年以上なら、満了の1年前から6か月前までに終了通知も必要です(同条第6項)。
また高齢者の居住の安定確保に関する法律第52条第1項の終身建物賃貸借は、都道府県知事等の認可を受けた事業について、借主が死亡した時に終了する旨を定められる仕組みです。
いずれも契約を結ぶ時点で選ぶ制度であり、すでに普通借家で入居している方を途中から切り替えるものではありません。切り替えには借主の合意が要り、合意なく不利に変更することはできません。
まとめ:断る理由の中身に、直接手を打つ
ここまでを整理すると、更新拒絶という手段は、①正当事由という高いハードルがあり、②特約でも回避できず、③契約類型による対応も入居後には選べない、という三重の制約の中にあります。更新時期に検討を始めても、実務上は打ち手として機能しにくいのが実情です。
そこで最初のデータに戻ります。拒否感の理由の90.9%は「居室内での死亡事故等に対する不安」でした。この不安に効くのは、契約を切ることではなく、不安の中身を小さくする備えです。異変に早く気づくスマートメーターによる見守り、費用面を和らげる孤独死保険、地域の支援につなぐ居住サポート住宅——いずれも更新の可否を争うより現実的な選択肢です。高齢入居者の受け入れを空室対策として捉え直す視点も、あわせてご覧ください。ご自身の物件の状況は、60秒のリスク診断でも確認できます。